奈良に3つめの大障壁画
奈良には唐招提寺の御影堂に東山魁夷(ひがしやまかいい)さんの襖絵、薬師寺の大唐西域壁画殿に平山郁夫(ひらやまいくお)さんの壁画がありますが、昨年、東大寺の本坊にも小泉淳作(こいずみじゅんさく)さんの襖絵が完成し奉納されました。奈良に3つの大きな障壁画が揃ったことになります。
東大寺本坊襖絵は昨年の4月に大仏殿で奉納式が行われ、9月に東京、10月に横浜で展覧会が催され一般公開されてきました。この1月には京都で下記の通り一般公開されていますので、絵の好きな方はご覧になってはいかがでしょうか。
展示物:聖武天皇と光明皇后の肖像画、本坊の襖絵(桜、蓮、鳳凰、飛天、散華の絵)、他に小泉淳作さんの描かれた山水画、静物画
期 日:2011年1月6日(木)〜24日(月)
時 間:10:00〜19:30(20:00閉場)
*最終日は17:00閉場
場 所:四条烏丸の京都高島屋 7階 グランドホール
入場料:800円
*18:00以降入場は半額
なお、2月には大阪でも同様の展覧会が催され、春には東大寺本坊での襖絵公開もされる見込みです。
圧倒される「桜の絵」
私が東大寺本坊の襖絵を観て最も印象に残ったのは桜の絵です。「東大寺本坊の桜」、「しだれ桜」、「吉野の桜」の三つの素晴らしい絵が、それぞれ4枚の襖にわたって描かれています。奈良県宇陀市にある又兵衛桜がモデルの「しだれ桜」には圧倒されました。ものすごい量の桜の花なのです。桜の小さな花が一つ一つ描かれていて、おのおの五弁の花びらが丹念に描かれています。奥の方の桜の花は桃色をしていて、手前の花は白っぽく、しだれ桜の花全体に奥行きがあります。わずかな風に少し飛んでいる花びらもありました。
私がかつて現地の又兵衛桜を見に行った時はまだ満開になっていなかったのですが、身に降りかかってくるような沢山の花を感じました。その実体験以上の桜の量であり存在感なのです。
絵を描かれた小泉淳作さんが昨年の大仏殿での襖絵奉納式後、記者会見で次のような話をしています。
「桜の花びら一つ一つ描くにも、ただ無心に仕事を積み重ねてい(きました)」
「自分が賽ノ河原の童子になったような感じで、石を積んでいく気分でした」
そういう思いでコツコツと長期間描いてきた絵だからこそ、観る者を圧倒し心を揺さぶるのでしょう。
庭と一体になった蓮の襖絵
展覧会には本坊の庭から本坊の部屋を撮った写真のパネルが展示されてありました。これまた、素晴らしいものでした。庭の蓮池越しに本坊の大広間の蓮の襖絵が写っているのです。建物の外と中が一体になっていて、本坊の蓮は外界の蓮に連なっているように感じられました。蓮の世界の上に、もう一つの蓮の世界があるようでもありました。
桜の花びら一枚一枚が伝えてくるメッセージ
東大寺は華厳宗の総本山で、最も重視されているお経は華厳経です。そして本尊は奈良の大仏として親しまれている盧舎那仏坐像です。華厳経には「一即多、多即一」という考えがあるとのことですので、その意味を調べてみました。
「奈良の大仏は一体で全宇宙を表し、全宇宙は奈良の大仏一体に表れている」
「それぞれの中にすべてがあり、すべての中にそれぞれがある」
それぞれのものが全体を表しているとしたら、一つ一つをないがしろにはできないなと思いました。また、全体の中にそれぞれがあるということは、一つ一つが埋没せず個性を発揮し協調融合していることを言っているのかなと思いました。
今回の展示会では、「しだれ桜」の絵の全体と、丹念に描かれた花びら一枚一枚、この両方に何度も視線を動かして観ながら、「一即多、多即一」の言葉について考えてしまいました。