中国の政府要人は唐招提寺を訪問
現代の中国の政府要人、それもトップクラスの方々が日本訪問をした際、多くの方が唐招提寺を訪れています。唐招提寺を開いた鑑真和上はもともと中国の高僧であり、幾多の苦難を乗り越えて日本へ渡航し、仏教はもとより医術や建築や美術など広い分野にわたって日本に多大の貢献をしました。
中国要人が唐招提寺を訪れ、鑑真和上の廟所に参拝します理由は、祖国の偉人が外地で眠っていることに対する素直な弔いの気持ちがあるからでしょう。また、日中協力関係を再確認し強化したいという気持ちもあるためでしょう。
唐招提寺を訪問した中国政府要人
戦後、唐招提寺を訪問した中国政府要人を近年から遡る形でリストアップしますと次の通りです。
2008(平成20)年 5月 胡錦涛 国家主席
2008(平成20)年 2月 唐家璇 国務委員
1982(昭和57)年 6月 趙紫陽 首相
1978(昭和53)年10月 鄧小平 国家副主席
1998年11月に日本を訪れた江沢民国家主席は日程の関係からか唐招提寺を訪問していません。また、つい先日(2011年5月21日)来日した温家宝首相は東日本大震災の被災地を慰問し、唐招提寺は訪れませんでした。
唐招提寺でのエピソード
趙紫陽首相は、唐招提寺で鑑真和上の故郷・揚州の花である瓊花を和上の廟所の前に自らの手で植えられました。和上のお墓を囲む玉垣の前には「中華人民共和国 趙紫陽閣下手植瓊花」と刻まれた四角い石碑が立ち、その脇には1本の瓊花の木が空に向かって伸びています。なお、石碑の瓊花の「瓊」は、「王偏に京」の簡体字が彫られています。
鄧小平副主席は「改革開放」によって中国の経済を飛躍的に発展させた人です。副主席が唐招提寺を参拝した時、当時の森本孝順(きょうじゅん)長老が副主席に鑑真和上坐像の中国への里帰りを直接要望しました。副主席は快諾され、2年後の1980(昭和55)年に里帰りが実現したのでした。
鄧小平副主席の奈良でのエピソード
副主席は奈良ホテルで奈良県知事や奈良市長が共同で催した歓迎の宴に出ましたが、ちょうどその時、ホテル内の他の宴会場で結婚披露宴が行われていました。歓迎の宴が終わると副主席は奥さんと一緒に結婚披露宴会場へ行き、新婦と握手して新郎新婦にお祝いの言葉を述べました。突然の中国政府要人からの祝福に、新郎新婦は驚きと緊張と喜びとで一杯だったでしょう。
会場内で撮られたその時の写真が新聞に掲載されていたことを、私は今でも鮮明に思い出します。その写真は1978(昭和53)年度の読者の撮影した写真コンテストで大賞を受賞しました。写真のタイトルは「友好の巡り合い」でした。