唐招提寺にある模造
唐招提寺には模型と明示されて展示されているものはありません。しかし模造のものはあります。あまり知られていない順に挙げますと、金堂本尊・盧舎那仏坐像の光背の小さな仏像、礼堂の釈迦如来立像、唐招提寺の扁額です。
盧舎那仏坐像の光背には、化仏(けぶつ)と呼ばれる小さな仏像が浮き彫りの形で約千体付いています。修理の必要なものが多くあり、平成の大修理でも化仏の模造が行われ光背が修理されました。
礼堂の釈迦如来立像は普段は公開されていません。私は10月に行われる釈迦念仏会の時に拝観しました。この仏像は、京都嵯峨にあります清涼寺の釈迦如来立像の模造です。清涼寺の釈迦如来立像は中国で彫られたものですが、印度から中国へ、そして日本へ来たと信じられ「三国伝来の釈迦像」として非常に尊ばれました。そのため多くの模造が造られ、一般に「清涼寺式釈迦像」と呼ばれています。
唐招提寺の模造で代表的なものは、この最新情報でも何度か取り上げています扁額です。孝謙天皇の宸筆と伝えられている「唐招提寺」と書かれた額です。現在、南大門に掲げられているのが模造の額で、実物は新宝蔵に収蔵・展示されています。私はこの扁額の扱いは素晴らしいと思っています。風雨にさらされるところには模造、いわゆる複製を掲げ、歴史的な実物は新宝蔵で接することができるからです。
代替わり
新宝蔵には模造とは反対に、代替わりして現役を引退した歴史的文化財があります。それは「天平の甍」として特に有名な鴟尾(しび)です。金堂の屋根に1200年以上も現役として取り付けられていたのですが、平成の大修理で新しい鴟尾と役目を交代しました。
私は新宝蔵で、手で触れられそうなほど間近にこの鴟尾を観た時、「凄いものがあるなぁ!」と感動しました。1200年を超える歴史を見てきた鴟尾が、風雪で傷ついた姿をそのままに、ガラスなどの遮蔽物がなく観られたのですから。大袈裟かもしれませんが、仏像以上の仏像があるように感じました。
御前立
御前立として日本で一番有名なのは長野・善光寺の本尊だと思います。学生の頃に、数えで7年に一度の善光寺の御開帳がありましたが、その時に「御開帳と言っても本尊の実物ではなく御前立だ」と世間で話されていたからです。善光寺の本尊は飛鳥時代に日本へ初めて伝えられた仏像と言われており、絶対秘仏のために、御前立が御開帳で拝まれています。
薬師寺・東院堂の本尊である聖観世音菩薩立像は秘仏ではないのですが御前立があります。実物の聖観世音菩薩立像が奈良国立博物館などで展示されている時に、御前立が東院堂に安置されます。実物とほとんど見分けがつかない御前立であった記憶があります。
唐招提寺では現在、鑑真和上坐像の御前立を造る計画が進められています。御前立の善し悪し、秘仏の存在理由などは後日改めて考えてみたいと思いますが、何はともあれ、鑑真和上坐像の御前立を造るなら、あの和上の意志の強さ、人間としての優しさが伝わる御前立を、そして和上が生きているかのように感じられる御前立を造っていただきたいものだと思っています。