①平安時代への政争を感じる御霊神社

落ち着いた雰囲気のならまちで、急に派手と言うべきか立派と言うべきか迷う綺麗な神社がありました。怨みを抱いてたたりをする死霊を鎮めるための神社、御霊(ごりょう)神社です。祭神として八体の名前が立札に書いてありましたが、その中の三体の名前が強く目に飛び込んできました。早良(さわら)親王、井上内(いのえない)親王、他戸(おさべ)親王です。

三人は奈良時代から平安時代に移行するときに、平城京から平安京への遷都問題などで政争に巻き込まれ、非業の死を遂げたと言われています。背景には藤原四家の間での勢力争い、天智系と天武系の皇位争いなどがあったようです。御霊神社は静かなならまちで急に奈良の歴史を思い出させてくれる場所でした。

②何かと興味深い徳融寺

徳融寺を私が気に入ったのは、門柱に掲げてあった「おもてなしトイレ」の案内板です。案内板の下の方には、「Free Toilet、ハングル文字(おそらく無料トイレと書いてあるのでしょう)、公用厠所」と書いてあり、外国からの人にも喜ばれると思いました。門をくぐるとすぐ右手に綺麗な手洗所がありました。

以前、有名な寺の奥の院へ行った時に、そこのトイレに貼ってあった紙には「檀家以外の人の使用はご遠慮ください」と書いてあったことを思い出しました。寺や教会などは困っている人を常時受け入れる気持ちが大切だと思います。

その意味で徳融寺は良い寺だなと感じました。

この徳融寺は蓮の糸で当麻寺の曼荼羅を織ったと言われている中将姫と、そのお父さんで奈良時代の貴族で右大臣の藤原豊成と、二人のお墓があることで有名です。徳融寺は藤原豊成の邸宅跡に作られたとのことです。近くには中将姫の誕生寺と言われるところもあります。

徳融寺には面白い、しかし真に迫る石碑があります。奈良出身の明治から昭和にかけての実業家で政治家、宗教者でもあった吉村長慶という人が建てた「世界二聖・大日如来像」です。像はレリーフで、釈迦と十字架を背負ったキリストの二人が横になっていて、その間にマント姿の自分(吉村長慶氏)を配し、「あなた方が寝ている場合ではない。はやく起き上がってこの世の乱れを救ってください」と二人の胸をゆすっているものです。なお、大日如来像は裏面に彫られています。

③夏なのに「春」(洋食屋)

洋食屋の「春」はならまちで昼ごはんを食べるときにお勧めの店です。大きなハンバーグが出てくるハンバーグ定食や、天然の有頭海老のフライとハンバーグがセットになっているものなどが人気で、価格もリーズナブルです。土日のランチ時は順番待ちになりますので、十二時前に行くのが良いでしょう。場所は元興寺の東南方向へ路地をぶらぶら歩いて行くと店ののれんが見えます。