①奈良国立博物館でユニークな展覧会

2018年7月14日から8月26日まで奈良国立博物館で「糸のみほとけ」という特別展が行なわれています。

これは国宝の當麻曼荼羅(たいままんだら)の修理完成を記念して開催されているものですが、日頃あまり見慣れていない「刺繍や織物で表された仏の像」が多数鑑賞できて興味深かったです。

「糸のみほとけ」は一般にあまり親しまれていないためか、特別展のわりには拝観者が少ないです。

そのおかげで、会場ではゆったり、所によってはソファに座って展示物を観られます。

②圧巻の「天寿国繍帳」

この特別展で私が一番長いあいだ鑑賞していたのは、聖徳太子の妃の橘姫が推古天皇に頼んで造らせたという「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)」です。

天寿国とは極楽のことであり、繍帳とは刺繍が施された帳(とばり)のことで部屋などを区切るものです。

天寿国繍帳は亡くなった聖徳太子が極楽でどのように暮らしているかを刺繍で描いてもらったものです。

飛鳥時代に造られた刺繍の図柄と、後に補修で作られた図柄が一枚の布地に混在しているのですが、色鮮やかな図柄の方が飛鳥時代のものとの説明に驚きました。

また、天寿国繍帳の中に刺繍されている多くの亀の甲羅に文字が表わされているのですが、その解読結果がパネル表示してありました。

どのような経緯でこの繍帳が造られたが読み取れるものです。一つの甲羅に刺繍で描かれている文字「部間人公」がはっきり見えたのは嬉しかったです。

聖徳太子のお母さんを表す孔部間人公主(あなほべのはしひとこうしゅ)の6文字のうちの4文字だからです。

③退色が著しい「當麻曼荼羅」と美しい部分復元模造

當麻寺(たいまでら)は奈良県西部の葛城市にある寺で、奈良時代に中将姫が蓮の茎(くき)から取った糸で作ったと伝承される織物があります。

これが「當麻曼荼羅」(たいままんだら)です。こちらは刺繍ではなく、綴織(つづれおり)という織物で造られています。

今回、修理が完成したとのことで、それが展示されているのですが、経年変化のためでしょうか、私の注意力不足のためでしょうか、全体が黒く変色していて、ほとんど図が見えません。残念です。

そのかわり、脇に當麻曼荼羅の部分ですが復元模造されたものが展示されています。これが非常に美しいです。

模様と色が見事に復元されて凛とした菩薩の像が織られていました。強く張った経糸(たていと)の間に種々の色の緯糸(よこいと)を下絵の模様に合うように通して織っていくものですから、織るのには大変な根気と時間が必要です。

展示されていた部分復元模造品は縦横20センチメートルくらいのものですが、織るだけで40日もかかったそうです。

大きさが4メートル四方の當麻曼荼羅全体を復元しようとすれば、4人で織っても8~9年かかるでしょう。

④その他で印象に残ったこと

「糸のみほとけ」展でその他に3点印象に残ったことを挙げますと次の通りです。

イ)日本最初の大仏は飛鳥寺(法興寺)の繍仏であったことを再認識しました。現存する銅造りの飛鳥大仏より数年だけ早く刺繍で描かれた大仏が安置されたようです。現在この繍仏は残っていません。

ロ)鎌倉時代の繍仏では、人の髪を刺繍糸の代わりに縫い込んだ髪繍(はっしゅう)ということが行なわれていました。その黒光りするかのような刺繍に、人の思いの強さと恐ろしさを感じました。

ハ)会場には刺繍のいろいろな仕方や綴織(つづれおり)の仕方などがビデオやパネルで詳しく紹介されていて、理解に役立ちました。