2020年7月4日(土)から9月6日(日)まで奈良国立博物館で「よみがえる正倉院宝物 ―再現模造にみる天平の技―」という特別展が開催されています。
もともとは4月から6月に開催予定だったのですが、新型コロナウィルス感染対策の関係で会期が変更されました。
1、再現模造とは
博物館では文化財の保存や展示のために修理や模造などを行っています。模造には「現状模造」と「再現模造」の2種類があります。現状模造は保存や記録のために文化財の現在の状態を模造するもの、再現模造は製作当初の姿を再現するものです。
正倉院宝物の再現模造は単なる形の模造ではなく、人間国宝などの非常にハイレベルな技によって宝物の材料や技法、構造の忠実な再現が行われています。そのため伝統技術の継承にも役立っているとのことです。
2、特に印象に残った展示品
今回の特別展では数多くの再現模造が展示されていますが、特に私の印象に残った展示品は次の通りです。なお、展示物の撮影は禁じられていましたので、当ホームページに掲載の画像は主に「奈良国立博物館だより 第114号」より拝借しました。
①模造 酔胡王面(すいこおうめん)
古代に外国から伝わった仮面劇である伎楽(ぎがく)で用いられた面です。伎楽は奈良時代の寺院で儀式の際に演じられたものですが、終盤に酒に酔っ払った胡人(中央・西アジアの人)の王が登場します。その時に付けている面です。
今回展示されている面を観て吃驚しました。顔がとても紅いのです。本当に酔っ払っている感じです。また、とても濃い立派な黒髭を生やしています。
以前の正倉院展で原品宝物の酔胡王面を観たことがありますが、これほどまでに顔は紅くありませんでした。原品は時代と共に変色したのでしょう。また黒髭もほとんどなかったように記憶していますので、製作当初はこのように髭があったのだと改めて面をみつめました。
②模造 螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)
原品は、どれもが重要な正倉院宝物の中でも特に素晴らしい宝物です。世界に一つしか残っていないインド起源の五弦の琵琶で、表と裏の両面に施された螺鈿(らでん)が美しいです。撥(ばち)で弦を弾き、音を出すところには玳瑁(たいまい。鼈甲)が貼られ、駱駝(らくだ)に乗って琵琶を弾く人物がヤコウガイを薄く加工して張り付けた螺鈿で描かれています。
再現模造の品は私の記憶に残っている原品とほとんど変わりがないように思えました。驚いたことは、再現模造されたこの琵琶の弦に「小石丸」という蚕の繭から作った絹糸が使われていることでした。小石丸は日本の在来種で、皇居で飼われていて、それが今回の模造で使われたそうです。展示会では小石丸の美しくて強い絹糸と、外来種の蚕の生産効率は良いが弱い絹糸とが並べて展示してありました。小石丸の絹糸はとても白く艶があって光り輝いて見えました。
③模造 赤地唐花文錦(あかじからはなもんのにしき)
奈良時代には税として布が納められていました。再現模造展では一色染めの布も展示してあり、どの地方から納められたかが書いてありました。
この赤地唐花文錦が印象に残った理由は、文様が美しいこと、糸として上述の皇居で飼われていた小石丸の絹糸が使われたこと、そして赤く染める材料として日本茜(にほんあかね)が使われていたことです。
日本茜はつる性多年生植物で、なかなか入手困難なものと聞いていました。しかしこの錦の再現模造にも、皇居で生えていた日本茜がベースとなって栽培され染料として使われました。
④模造 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう)
原宝物は、十二の稜(りょう。かど)を持つ銀の鏡の背面に、鈕(ちゅう。つまみ)をもつ銀板を乗せ、大中小六枚ずつの花弁を三重に重ね、合計十八枚の花弁と鈕に七宝焼きで装飾をしています。
七宝焼きは銀線で模様の縁取りをして釉薬で色を付けていくもののようですが、銀線部分などを後で金メッキしていますから、黄金という言葉がこの宝物の名称に付いているのだと思います。正倉院宝物の中で七宝焼きのものはこれ一つです。
なお、瑠璃とは一般的に宝石のラピス・ラズリのことですが、ここでの瑠璃は「ガラスの古い時代の名称」「ガラス釉薬」の意味だと思います。鈿(でん)が貝やガラス釉薬をはめこみ区切る飾りの意味だからです。重複することを厭わずに言えば、黄金瑠璃鈿背十二稜鏡とは、背面が黄金で縁取られた七宝焼き装飾の、十二のかどを持つ鏡ということでしょう。
再現模造も原品宝物と同様の方法で作られました。私がこの鏡に興味を抱いたのは、美しさも勿論ありますが、それ以上に、十年前の第五十二回正倉院展で原宝物と再現模造が並べて展示されたということを知ったためでした。
⑤螺鈿槽箜篌(らでんそうのくご)
箜篌(くご)とは古代のハープのことです。私は正倉院展でこの原宝物を観た記憶がありません。このような楽器が日本にあったのかと再現模造を観て驚きました。
そして、再現の元になった宝物の画像を知ってさらに驚きました。原宝物は何かの端切れとしか思えないような物だったのです。よくこのような立派な形に再現できたものだと感心しました。
3、正倉院展で宝物十数点の原品と再現模造の同時展示を
再現模造は、古代の宝物が製作当時の美しさを現代に見せてくれるという意味でとても有難いものだと思いました。再現するための熟練の技や科学的分析は物凄いものです。
しかし、再現模造展で次々に美しい品を観ていきながら、いつもの正倉院展とは何か違った感じを抱くようになりました。
「古代へのロマン」があまり感じられないのです。正倉院展では原品宝物の美しいものを観ては、古代にこんな美しいものを既に作っていたのかと驚き、劣化したものや変色したものを観ては、元はどんなだったのだろうかと想像していました。それが再現模造展では体験できないのです。
そのため、正倉院の代表的宝物の十数点について、今度はできれば正倉院展で原品宝物と再現模造の同時展示したものを観たいと思いました。
以前に黄金瑠璃鈿背十二稜鏡の原品宝物と再現模造を並べて展示したことがあり、その後も別な物について同時展示したことがあるとのことですから、出来ない話ではないでしょう。
正倉院さんと奈良国立博物館さんに是非その展示をしていただきたいです。