「吉野路の微笑仏」とも呼ばれる阿弥陀如来坐像がある世尊寺へ、歩いて行ってみました。

●近鉄吉野線の六田(むだ)駅で下車

近鉄の橿原神宮前駅で吉野線に乗り換え、六田駅で下車しました。六田は「ろくだ」ではなく「むだ」と読むそうです。

あまり吉野線には乗らないので、駅の読み方を知りませんでした。

六田駅から世尊寺までは徒歩で約40分かかるとのことですので、駅からタクシーで寺まで行く積りでした。

しかし、駅前のタクシー会社へ行ってみると、タクシーが出払っていて、30~40分しないと帰ってこないとのことです。

「どこまで行くのですか?」

「世尊寺へ行きたいのですが」

「それならタクシー待っているのと、歩いて行くのと、寺へ着くのが同じくらいになりますよ。どうされます?」

「歩いて行くことにします」

●柳の渡し

国道169号線の幅の狭い歩道を東へ歩いて行きました。

タクシー会社の人に教えられた左折すべきところを見落とし、どうも歩いて来過ぎたようだと思い始めました。

その時、右手の吉野川の岸に幹が途中で切れている柳の木と石灯篭が見えました。

白い説明版が立っています。説明を読んでみると、昔ここの近くに「柳の渡し」があったとのことです。今は美吉野橋がちょっと先に架かっています。

吉野川の対岸に目をやると、大きめの建物の壁面に「吉野の酒蔵 花巴」と書かれた看板が見えます。

ここに花巴の美吉野醸造があるのか、この次は酒蔵巡りをしに来てみようと思いました。

●「比曽口」交差点で左折し県道22号線へ

使い方がまだよく分からないスマホを取り出して地図のアプリを見てみました。

今いる所からは、教えられた交差点へ戻るのも、戻らずにこのまま進んで次の交差点で左折しても、世尊寺までの時間はほとんど変わらないようです。

それで、まっすぐ進み、「比曽口」という交差点で左に曲がって県道22号線を歩いて行きました。車がときどき私を追い越していくダラダラ上りの道です。

交差点に来ました。正確には四つ角なのですが、歩いてきた道の突き当りがすぐに石段になっていて、三叉路のように感じます。

石段の上に世尊寺の山門が建っていました。

●世尊寺の境内と微笑仏

世尊寺は昔に比蘇寺という名でもあったため、山門の脇には「史跡 比曽寺跡」という石碑が立っていました。

境内には東塔跡や西塔跡の礎石が残っています。かつてはかなり大きな寺だったようです。

世尊寺へ行ってみようと私が思ったのは、ここが『日本書紀』の欽明天皇の巻に「大阪湾に浮かんでいた木で仏像を彫った。その仏像は光を放った」ということが書かれ、その仏像がこの世尊寺に祀られたと伝えられているからです。古代のロマンを求めての訪問です。

庫裏へ行って拝観を申し込むと、住職は不在で代わりに高齢の女性の人が慣れない手つきで本堂の鍵を開けてくれました。

飛鳥時代の話を今に伝える仏像は釈迦如来坐像です。仏像の前の焼香の場に座って像を見上げました。坐像ですがスラリとした体型で柔和な顔をしています。

わずかに唇の両端が持ち上がって微笑んでいる感じがします。

法隆寺金堂の釈迦如来坐像の謹厳なアルカイック・スマイルとは違って、親しみが感じられる微笑みです。

立ち上がって像を見ると微笑みがあまり感じられません。見る角度や明るさの具合で仏像の印象は変わるのでしょう。

この「吉野路の微笑仏」と呼ばれる仏像は飛鳥仏のように見えるのですが、何か現代に近い雰囲気があります。

本堂の鍵を開けて下さった方も飛鳥時代のものとは言いませんでした。

それもそのはず、帰宅後に調べてみましたら、江戸時代に「再興」されたものと、大淀町の文化財調査報告書に書いてありました。それにしても心が癒される、良い微笑仏でした。

●紅葉のハナノキと鐘のシルエット

世尊寺の境内には聖徳太子の像を祀る太子堂や、芭蕉の句碑、不老長寿の桜、十三重の石塔など見るものがありました。

住職がいれば太子堂の中も拝観できたのかもしれませんが、高齢の女性の方が本堂を開けるのに苦労されていたので、太子堂は開けてもらいませんでした。

面白かったのは太子堂の濡れ縁に可愛い猫の置物が何体も置いてあったことです。ハトなどの糞の害を防ぐために置いているとの説明書きがありました。

一方、「オ、これは!」と思ったのは、鮮やかな紅や黄の葉を背景にして、軒に下がっている小さな鐘がシルエットで見えたことでした。

紅黄葉と影絵の鐘・・・。季節だけでなく人生の秋も示しているようでした。

●帰りは山道

帰路も歩くことにしました。タクシーを呼ぶ積りだったのですが、待っているのも手持無沙汰でしたし、当初歩く予定だった道も経験したかったからです。

途中少しだけですが、来た時の道を戻りました。来るときには気付かなかった、昔懐かしい「火の見櫓」が目に入りました。櫓を見上げると半鐘は見えず、筒のようなスピーカーが左右両方に向いているのが見えました。

県道22号線を右に折れ、若干細い道へ入っていきました。不慣れなスマホが頼りです。この道が最短で近鉄六田駅へ行けるのだそうです。

道は簡易舗装されているのですが、しばらく歩くとかなり急な坂道になりました。はるか向こうに空が見えて、そこが峠の頂だと分かります。登り道の途中で二度ほど立ち止まって休憩し、登り切りました。

峠を過ぎるとドンドン道は下っていきます。下の方へ続いて行く道の向こうには、吉野の山並みが見え、奥山に入ったかのような気分です。

「この先、通行できません」という標識が目の前に現れて、「エ?!」と驚きました。

スマホは通行止めの情報が反映されていない可能性があると思いました。看板をよく見ると「現在、通行止め解除中」と書いてあります。ホッとしました。

道を下っていきました。人家が見えてきた所の道の山側で、斜面の補強工事をしばらく前までしていたようです。白いコンクリートが斜めに貼られていました。

●便利な行き方

無事、六田駅に到着して家に帰るべく近鉄電車に乗りました。

車中で、世尊寺でもらった寺のパンフレットの裏側を見たら、「大和上市駅からのタクシーが便利です」と書いてありました。大和上市駅の方がタクシーの台数が多いためでしょう。

写真
柳の渡し
美吉野醸造の酒蔵
世尊寺山門
東塔跡の礎石
本堂
世尊寺の微笑む仏像
猫の置物に守られた太子堂
ハナノキの紅黄葉と鐘
昔懐かしい火の見櫓