§3.般若心経の意味が分からない理由
般若心経の意味が分からない理由としては、
「1.言葉が分からない」
「2.訳文の意味が分からない」
「3.現代の日本の常識から言って、内容が理解しにくい」
「4.肝心なことの説明がない」
が挙げられます。
1.言葉が分からない理由
「1.言葉が分からない」ことの中身を具体的に見てみます。
①漢訳のお経は漢字の羅列で文の区切りがありません。そのため、当然のことながら、どう読み、どう解釈するか不明です。
②言葉が難しく意味が分かりません。これは後で実例Aとしても説明しますが、音写(おんしゃ)と呼ばれるものが大きな原因です。
音写とは、古代インド語であるサンスクリット語の言葉が、一部、意味ではなく音で漢訳されていることです。
音がそのまま写されているのです。そのため、漢字の意味から、その言葉の意味を推測することは不可能です。
音写部分が特殊な文字、例えば日本語の場合は外来語をカタカナで書きますが、そういうことは漢文ではありませんから、日本人には音写であることすら分からないのです。
③省略されている内容が分かりません。これについても後で実例B(乃至、ないし)として説明します。
実例A:言葉が難しい(音写)
●般若心経を漢訳した玄奘三蔵法師は、漢訳方針として次の5種類のものは意訳でなく音写をしました。
①秘密の言葉であり、音を変えてしまうと呪力が減ってしまうと思われるもの。
②以前から音写が定着しているもの。
③多くの意味を持っている言葉。
④インドにあって中国にないもの。
⑤訳すことで言葉の重みがなくなってしまうもの。
●般若心経に含まれる音写の言葉の一例は「般若」です。
・「般若」は「仏の優れた智慧」という意味です。
・「智慧」と訳すと、先に述べた音写方針の⑤「言葉の重みがなくなってしまう」と考えたのです。
・なお、般若心経に含まれる「音写の他の言葉」については、末尾の「より詳しくは」の参考書を参照ください。
実例B:省略されている内容が分からない
●仏教の知識不足のために、般若心経の文中で文言が省略されていること、およびその内容が分からないということです。
●省略の一例は「眼界も無く、乃至、意識界も無し(げんかいもなく、ないし、いしきかいもなし)」です。
●乃至(ないし)は○○から○○までという意味ですから、間に入るものがあります。
・この例の意味は、仏教が人間を捉えるときの考え方である「十八界」の、眼界から意識界までの18個の界も全て無いということです。
・ 「十八界」=(イコール)眼や耳や鼻などの6個の感覚器官+(プラス)色(形)や声や香などの6個の感覚対象+(プラス)感覚対象を感知して生じる6個の認識=(イコール)18個というものです。
・なお、般若心経に含まれる「省略の他の言葉」については末尾の参考書をご覧ください。
2.訳文の意味が分からない理由
●訳文の意味が分からないものとしては3つの種類があります。
①は文字通り、「訳文の意味が分からない」ものです。実例Cとして後ほど述べる「照見五蘊皆空度一切苦(しょうけん ごうん かいくう ど いっさい く)」が、これに当たります。
②は「同じ言葉の主語と述語の入れ替えの意味が分からない」というものです。実例Dの「色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)」が、これです。
③は「似た言葉が列挙されているが、その意味の違いが分からない」です。実例Eの「色不異空、色即是空(しきふいくう、しきそくぜくう)」で説明します。
実例C:訳文の意味が分からない
●「照見五蘊皆空度一切苦(しょうけん ごうん かいくう ど いっさい く)」について、解説書には、
①「五つの要素がいずれも本質的なものではないと見極め」ることで、
②「すべての苦しみを取り除かれた」
と説明してありますが、どうしてこの①と②の2つが繋がるのかの説明がありません。
また、五つの要素についても説明が不足しています。
●そのため、訳文の意味が分からないと感じるのです。
●なお、参考までに末尾付録の「もう少し知りたい」に「照見五蘊皆空度一切苦」の解釈を掲載しています。
実例D:同じ言葉の主語と述語の入れ替えの意味が分からない
●「色即是空」と「空即是色」は主語と述語が入れ替わっています。
●現代日本語訳の一例(花山勝友師)
「色即是空」・・・形あるものはそのままで実体なきものであり
「空即是色」・・・実体がないことがそのまま形あるものとなっている、です。
・正直言って、私はこの日本語訳は分かりづらいと思いました。
●私が、納得がいった宮坂宥洪(みやさか ゆうこう)師の説明は次の通りです。
・サンスクリット語では、主語と述語が入れ替わっても意味は変わらない。
・つまり 「色即是空」=(イコール) 「空即是色」。
・これですと、私は理解できるように感じました。複雑な解釈をする必要がないからです。
・意味は「形あるものは変化し、それ自身の性質(固定的な本質)はない」と理解すれば良いと思います。
実例E: 似た言葉が列挙されているが、その意味の違いが分からない
●「色不異空」と「色即是空」は、「色は空に異ならず」と「色は即ちこれ空」と読め、意味は似た言葉と思われますが、何か違いがあるのでしょうか?
●違いはありません。両方とも「色は空である」と同じことを述べています。
●古代インドでは、「重要なことは繰り返して言う」ということが行われていました。
3.現代の日本の常識から言って、内容が理解しにくい理由
●現代の日本の常識から言って、内容が理解しにくいものの例は「不生(ふしょう)にして不滅(ふめつ)、不垢(ふく)にして不浄(ふじょう)、不増(ふぞう)にして不減(ふげん)なり」です。
・現代の常識で考えれば、いろいろなものが生まれ、死滅していきます。物は汚れ(垢がつき)、掃除をすれば綺麗(浄らか)になります。増えもすれば、減りもします。
●常識から言って、理解しにくいことが書いてあるのは、「不生不滅・・・不増不減」の文の前提として「この世は『空』で、何もないから」と述べられているためです。
●なお、付録の「もう少し知りたい」に、「不生不滅・・・不増不減を理解するには」を掲載しています。
4.肝心なことの説明がないことについて
●般若心経は般若経の「空(くう)」の思想や「因縁果(縁起)」の法について教えているお経だと一般に言われているのですが、般若心経には「空」や「因縁果(縁起)」について詳しい説明がないのです。
●近年、仏教学者の村上真完氏は「『般若心経』の空を理解することは、『般若心経』だけからでは容易にできない」と述べていて、他の仏教学者もこのことに賛同しています。
●なお、付録の「もう少し知りたい」に、「空とは、因縁果(縁起)とは」を掲載しています。
付録:もう少し知りたい
この第3回は「般若心経の意味が分からない」ことを論じることが主眼ですが、出てきた文言の意味や問題の答えなどが分からないままでは、消化不良の気持ちになる方もいらっしゃると思います。
そのため、付録として若干の説明を述べます。題して「もう少し知りたい」です。
●「照見五蘊皆空度一切苦」の解釈
「照見五蘊皆空度一切苦」は2通りの解釈が可能です。
・解釈1は、「五つの要素がいずれも固定的な実体がなく、いろいろなものの影響で変わっていくものなので、執着することを止めて、苦しみから脱却した」というものです。
・解釈2は、「五つの要素がいずれも実質的に存在しないので、理論的に考えることは不可能だから、絶対的なもの、神秘的なものに頼って、すべての苦しみから脱却した」というものです。
●「不生不滅、不垢不浄、不増不減」を理解するには
・「不生不滅、不垢不浄、不増不減」の前にある文の「「是諸法空相(ぜしょほうくうそう)」が、「この世の中のあらゆる存在や現象は『空そのもの』で、何もない、ということだから」、「空という考えに立てば」という意味であることが分かると、「不生不滅・・・不増不減」も理解可能となります。
・何もないのだから、生まれも滅びもしないのです。
●「空」とは、「因縁果(縁起)」とは
・「空」とは、簡単に言えば「無」、「空っぽ」のことです。多少難しく説明すれば、「空とは、絶えず変化しているため、それ自身の性質(固定的な本質)がないこと」です。
・「因縁果(縁起)」とは、ものごとの直接的な原因と、間接的に影響するものである「縁」と、それらによって生じる結果のことです。
・仏教の基本的な考えは、「世の中に存在するものは、絶えず変化して、それ自身の性質(固定的な本質)はなく、互いに因縁果の関係で影響し合っている」というもの です。
より詳しくは
・より詳しくお知りになりたい方は鏡清澄著『般若心経 私のお経の学び(1)』をご覧ください。
・オンラインショップのAMAZON、および一般書店(取り寄せ)で販売しています。
・発行所はデザインエッグ株式会社で、価格は2,222円(税込)です。