●唐招提寺の御影堂の保存修理工事が完了
唐招提寺の御影堂(みえいどう)は地盤沈下や雨漏りなどから文化財を守るために2016年から保存修理工事が行われていましたが、今年2022年5月に修理が完了しました。
6月5日は工事完了に伴う落慶法要がなされ、6日・7日には事前申込制で御影堂の特別拝観が行われました。
国宝の鑑真和上坐像や東山魁夷画伯の障壁画が久々に御影堂で参拝・拝観できるようになったのです。
国宝の鑑真和上坐像は素晴らしい肖像彫刻で、像の前に座って見上げると鑑真和上の呼吸がこちらに伝わってくるように感じられます。
また、東山魁夷画伯の障壁画は日本の海や山が色彩で、中国の風景が墨で描かれていて、とても心に響いてきます。
御影堂の保存修理が始まる前は例年、開山忌の6月5日~7日に堂内が一般公開されていました。
今後の公開がどうなるかはまだ明らかになっていませんが、公開される機会に拝観してみてください。
お勧めいたします。
今回、私は開山忌の数日後に唐招提寺へ行ったため、御影堂の中へは入れませんでした。
それで外から、修理が完了した御影堂への玄関口と、御影堂の綺麗になった銅葺きの屋根を写真に撮りました。
●唐招提寺の復興された薬草園
御影堂の保存修理工事完了の約1か月前に唐招提寺ではもう一つのものが一般に公開されました。
それは復興工事の第1期分が完了した薬草園です。
唐招提寺の南大門から入って金堂の手前を左に折れていくと薬草園があります。
なお薬草園は今後第2期の工事が行われ、全体の完成は2024年3月の予定です。
●薬草園復興の道程
今から20数年前、唐招提寺境内の南西端には薬草園がありました。
しかし金堂の平成大修理に伴う仏像修理所を建設する敷地が必要なため、薬草園は取り壊されることになりました。
園にあった薬草や薬木は岐阜県郡上市にある薬草園「神薬才花苑」に移植されて大切に守られ育てられてきました。
薬草類の世話をしてきたのは岐阜市に本拠をおく「鑑真和上才花苑・薬草友の会」の皆さんです。
「薬草友の会」は、奈良時代、苦難を乗り越え来日した中国の高僧・鑑真和上の功績を称え、遺徳を偲び、これまで個々の日本人として成しえなかったお礼をしたいという思いで設立された会です。
薬草園は2005年に郡上市から岐阜県関市洞戸に移転し、かつて棚田だった休耕田を整備して園の面積を広げ、多くの薬草・薬木を育てています。
唐招提寺金堂の平成大修理は2009年に完了し、仏像修理所も翌年に解体されたのですが、薬草園は復興されませんでした。
おそらく金堂の大修理に続いて御影堂の修理に着手せざるを得ず、資金的な目途が立たなかったのでしょう。
しかし、 唐招提寺の薬草・薬木を預かり育成していた「薬草友の会」の皆さんの熱心な働きかけにより、2017年に唐招提寺も薬草園の復興を発願します。
薬草園を閉鎖してから18年後、仏像修理所が解体されてから7年後のことです。
復興計画の基本方針は「鑑真和上の漢方医学者としての功績を広く認知されることを願い、復興後の薬草園は参拝者が自由に見学でき、薬草・薬木の知識をも学べる空間とする」です。
薬草園の設計は奈良在住のガーデンデザイナーが担当しました。
そして唐招提寺と「薬草友の会」とガーデンデザイナーの三者で企画した薬草園の内容は、環境省主催の第13回「みどり香るまちづくり企画コンテスト」において第二位の「におい・かおり環境協会賞」を受賞したのです。
企画名は「唐招提寺 『香りの薬草園』 鑑真和上 才花苑」でした。
また、同企画は公益財団法人・都市緑化機構と一般財団法人・第一生命財団の主催する第32回「緑の環境プラン大賞」のシンボル・ガーデン部門で「緑化大賞」を受賞しました。
●「薬草友の会」会員が唐招提寺に薬草・薬木を移植
2022年3月、「鑑真和上才花苑・薬草友の会」の会員有志約40名が唐招提寺へ来て、これまで岐阜の地で預かり大切に育ててきた薬草・薬木を移植しました。
長年の薬草園復興の夢が叶った時でした。
今では会の名称も「鑑真和上才花苑・運営委員会」と変わり、会員数は約120名となっています。
●教えの香りが漂う薬草園に
鑑真和上は仏法だけでなく医薬についても精通していました。
中国から日本へ来る時に幾種類もの薬草・薬木を持ってきたのは、仏法とともに医療や施薬でも人々を救おうと思っていたからでしょう。
東大寺の大仏造立に大きな役割を果たした行基菩薩は、仏教を広めるとともに橋を架けたり、困窮者の救済をしたりしました。
行基菩薩や鑑真和上の思いは、寺や僧は人々を心身ともに救うためにあるというものだったのでしょう。
唐招提寺は薬草園の復興等に取り組むことによって、鑑真和上の思いを継承しようとしているのでしょう。
「香りの薬草園」を前にして、『ブッダの真理のことば』、別名『法句経(ほっくきょう)』の第四章に次のような一つの詩文のあったことが思い出されます。
「花の香りは風に逆らっては進んでいかない。
栴檀(せんだん)もタガラの花もジャスミンもみなそうである。
しかし徳のある人々の香りは、風に逆らっても進んでいく。
徳のある人はすべての方向に薫る」
(中村 元訳『ブッダの 真理のことば 感興のことば』より。
なお、栴檀、ジャスミンは香木。タガラは香で伽羅(きゃら)とも音写される)