●仏教を少しだけ学ぶ
「仏教は奥が深く、経典は非常に多い」と言われています。
そのため、僧侶でもなく仏教学者でもない私のような一般人が、仏教を深くかつ広く学ぶことは大変難しいと思います。
しかし、寺々が身近にあり、曲がりなりにも仏教徒の多い日本において、「仏教がどんなことを説いているのか」を知らないのは、あまりに勿体無いような気がします。
そこで、本当にほんの少しだけですが、仏教の一端を学びたいと思いました。
勉強不足のために理解間違いや底の浅い解釈もあるはずと躊躇する気持ちが大ですが、まずは一歩を踏み出してみます。
分からない所は分からないと書き、現時点でどうも納得出来ない所は納得できないと素直に自分の疑問を書き、今後の勉強の課題とするようにしたいと思います。
ともあれ、仏教を少しだけでも学び、考えてみます。
●仏教思想の四つの柱
仏教の思想と言いますか、考え方と言いますか、仏教の基本的主張の特徴は「四法印」と言われるもので、四つの項目で成り立っています。
その四つとは、
① 諸行無常(しょぎょうむじょう)、
② 諸法無我(しょほうむが)、
③ 一切皆苦(いっさいかいく)、
④ 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)です。
時には、③の一切皆苦を除いた三つのものが「三法印」とも呼ばれています。
それでは、今回は①の諸行無常について述べ、次回以降では②、③、④と順次学んで要点を書いていくようにいたします。
●諸行無常
諸行無常というと、日本では『平家物語』冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」の一文が有名です。
『平家物語』は平家一門の滅亡の物語ですから、「諸行無常」と聞くと、多くの日本人は「無常、あわれ、はかなさ」を感じます。
そして少なからずの人が、諸行無常の意味を「あわれ、はかなさ」と思っています。
しかし、諸行無常の本当の意味はそうではありません。
●諸行無常の意味
結論から言いますと、「諸行無常」の本当の意味は「全てのものは変化する」ということです。
分かり易い漢字表現で直接的に述べれば「万物変化」です。
言葉を区切ってそれぞれを説明すれば、次の通りです。
諸行無常の「諸」の意味は、もろもろ、全て、です。
「行」の意味は、作られたもの、です。
「無常」の意味は、常なし、同じままでない、変化する、です。
これらから諸行無常の意味は「全てのものは変化する」となります。
なお、「行」について補足説明をします。
「行」のサンスクリット語(仏教経典が書かれた古代インドの言葉)の原語はsamskãraサムスカーラで、「作ること、作られたもの」がその意味です。
仏教では、
① 人間の意識が物や現象を作り出す、
② 物や現象は絶えず変化し生成消滅していく、
と考えらえていました。
諸行無常の「行」は、「おこない、行為」ではなく、「過ぎ行くもの(現象)。
(そこから派生して)作られたもの」と解釈すると理解し易いです。
●「諸行無常」で仏教が言おうとしていること
「諸行無常」の意味は、「全てのものは変化する」ということです、と繰り返し述べてきましたが、この「全てのものは変化する」という考えは、どういうところからきたのでしょうか?
それは仏教では「もの」と「世の中」について次のように考えたからです。
・「もの」は単一のものではなく、いろいろな小さな物質の基本要素が組み合わさって出来た集合体と捉えました。
・そして物質の基本要素の組み合わせも、周囲の環境も、時とともに変化し、それぞれが影響し合っていくと考えました。
・「もの」は、お互いに原因になり、縁(影響を与えるもの)になり、結果になって、絶えず変化し、生成消滅をしていくのだと考察しました。
・その結果、「全てのものは変化する」という考えに至ったのです。
「全てのものは変化する」とは言い換えれば、「世の中は変化して止まない」ということです。
「世の中は変化して止まない」ということが仏教思想のベースとなっていますので、このことを認識しておくことが重要だと私は思っています。