●第6回:疑問4の(2)

疑問4:聖徳太子はなぜ三経義疏を執筆したのか?

答は、聖徳太子は、国家運営の根本に、仏教の「人間観や生き方の考え」を据えようとしたためと考えられる、です。

なお、三教義疏とは仏教の3つの経典『維摩経』『勝鬘経』『法華経』の解説書のことです。

三教義疏の元の3つの経典『維摩経』『勝鬘経』『法華経』のうち、『維摩経』『勝鬘経』は前回説明済みですので、今回は3番目の『法華経』から説明を行います。

●法華経の内容

法華経全体の中で説かれる主な教え

・人は出家・在家、男女、老若などの別なく平等に、誰でも如来蔵を持っています。

・如来蔵とは、人に具わっている「仏(覚者。真理を知り、心安らかな人)になれる可能性」のことです。

・古代インドの言葉であるサンスクリット語で覚者を意味する「ブッダ」を、音で漢訳(音写)したのが「仏」です。

・日本で俗に言う「死んだらホトケになる」のホトケではありません。

・また如来蔵とは、他の経典で言う「仏性」「仏の本性」のことであり、仏の素晴らしさに通じる「人の尊さ」のことです。それを人間は誰でも持っているのです。

・人それぞれが持っている「素晴らしいもの、自分の尊さ」が知られなかったり、その良さが発揮されなかったりするのは、勝鬘経で言う煩悩(貪欲、憎悪、愚か)のためです。

・自分が素晴らしいものを持っていること(自分の尊さ)を知り、他の人も誰もが素晴らしいもの(その人の尊さ)を持っていることを知りましょう。

・そして、その同じことを他の人にも知ってもらうのです。

・結果、互いに相手を尊重し合うようにします。

・そういう人間関係、社会を作ることによって、誰もが心安らかに、幸せに暮らせるようになるのです。

・この考えを粘り強く広めていくことが大切です。

●法華経の特徴

法華経は「難信難解」(なんしんなんげ)

・法華経は信じることが難しく、理解することも難しい、と言われています。それは何故でしょうか?

・法華経の説いている平等の考えや善の実践行動が、当時のインドに広まっていたカースト制度に代表されるバラモン教の考えと大きく違っていて、理解が困難だったのです。

・周囲の環境が厳しい中、革新的な法華経の考えを信じ、解釈を深め、実践していくことは容易ではありませんでした。

法華経は譬喩(ひゆ。たとえ話)が多い

・いろいろな環境・立場の多くの人に教えの内容をしっかり伝えようとする場合、譬喩が有効でした。

・仏教が興った古代インドの地は論理的思考をする人が多く、手を変え、品を変えての説得が必要でした。

法華経は平等主義

・インドは古くからカースト制の差別意識が浸透していましたが、法華経は出家・在家、老若、男女などに関係なく、誰もが平等に、悪い輪廻のクビキから解放されると説きました。 

・人は、出自でなく、おこなったことで評価されるのだと説きました。

仏教(≒法華経)は人間主義

・仏教そして法華経は、自分も他人も素晴らしいものを持っていることを認識し、相互に尊重し合うという人間の関係性から、ものごとの善悪、道理を考えています。絶対的な神を判断基準にしていません。

・人間の尊さを主張し、その発揮拡大を求めています。

法華経は教えを実践し、広めることを推奨

・教えは単なる知識ではなく、実践することが大切です。そして周囲へ教えを広めていくことを推奨しています。

法華経の特徴を専門用語で述べると

①「一仏乗」

・小乗仏教と大乗仏教を統合し、「誰もが仏になれる」(真理を覚り、心安らかになれる)と説いたことです。

②「久遠実成」(くおんじつじょう)

・「釈迦は遥か遠い昔に既に覚っていて、その後いろいろな仏が出てきているのは、釈迦が姿を変えて現れたもの」と述べ、古代インドで当時語られていた種々の仏の統一を図ったことです。

・これは釈迦の教え(真理)がいつの時代にもあったこと、言い換えれば、教えの永遠性を説いています。

●法華経の真髄

教えの中心的メッセージ

・人は誰でも等しく自分の中に優れたものを持っています。

・その優れたものを互いに尊び、活かして、皆で幸せになっていくのです。

人間の平等と尊厳、そして善いことの実践による成長を高らかに謳っているところが法華経の真髄です。

●3つの経典の内容(まとめ)

聖徳太子が三経義疏で解説した3つの経典について、それぞれがどんなことを説いているのかを、もう一度まとめて見てみましょう。

『維摩経』は、在家の人の「日々の生活での働き、役割遂行の大切さ」を教えています。

『勝鬘経』は、女性の「人への思いやりと良い教えの普及の重要さ、女性救済」を教えています。

『法華経』は、全ての人の「本来持っている良い本質の発揮での成仏(自他共に幸せになる生き方)」を教えています。

なお、成仏のここでの意味は、幸福と考えて良いと私は思います。

聖徳太子は、これら3つの経典に示されていることを人間の生き方の根本の考えに据えようとしたのです。

●三経義疏と聖徳太子の政治

三経義疏には、参考にした解説書の内容について、ところどころに太子の感想や意見が書かれていますが、「教えの内容のどこを政治に活かそう」ということは書かれていません。

しかし、仏教の基本的な考えや三教義疏の元の3つの経典の教えと同じものが、「憲法十七条」の条文にあります。

第一条:和を貴ぶ。

第二条:曲がった心を仏教で正す。

第七条:人は担当する任務を忠実に行なう。

第九条:仕事は他者の為に尽くす気持ちで行う。

第十条:意見が違う場合、十分に話し合う。

第十四条:嫉妬心を捨て、人の長所を認める。

また、冠位十二階の制は豪族の身分秩序を打破して、能力による人材登用を図ったものですから、仏教の平等思想に一歩前進したと言えます。

●聖徳太子の思い(私の推測)

仏教の経典について学び、「皆が幸せになれる、皆で幸せになろう」という考えを知った時、聖徳太子は、これこそが自分が実現したい人間のあり方であり、政治で求めるべきあり方だと、心の底から思ったに違いありません。

繰り返しますが、聖徳太子は現実の政治が嫌になって仏教の研究にいそしんだのではなく、理想の社会を作っていくために人間はどうあるべきかを明らかにしようとしたのです。

●より詳しくは

より詳しくは、朝皇龍古/鏡清澄著『対談:本当はどうだったのか 聖徳太子たちの生きた時代』をご覧ください。

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