第五章「同薫」(一部抜粋)
・・・前略・・・
永田は頷いて玉垣の文字を見た。判読しようとしたが、多くの箇所で分からない。
「非常に達筆で、読めません。詩もとても難しいように思います。なんと書いてあるのですか」
「石に彫ってありますから、読みづらいのでしょう。詩はこのように書いてあります」
西川は前かがみになって行書体の漢字を指差しながら、書き下し文で読んだ。
「像の立つこと人在るが如し。
喜ぶ、豪情の帰り来たること万里、天に浮かび海を過(よぎ)るを。
千載一時の盛挙、更に是れ一時千載なり。
添うるに恩情代々に尽きず。
還りて大明明月の旧に復し、招提と共に両岸光彩騰(あ)がる。
兄と弟と、倍して相愛す」
西川は御廟に向かって右側の玉垣の詩を読み終わり、左側の玉垣へ移って行った。永田は西川の読む詩を真剣に聴き、ときに頷き、ときに考えていた。そんな永田を貴一はじっと見つめていた。読み上げられた後半部分で永田の印象に強く残ったのは、「民族の脊梁(せきりょう)は夸(こ)語(ご)に非(あら)ず」、「魯迅衷(こころ)より感慨す」、「千廻百折するも能く碍(がい)無し」という三つの言葉であった。
・・・中略・・・
焼香台の上にある暗緑色の大きな香炉に目をやった永田が、香炉の正面の胴に浅く刻まれた文字を見つけた。横に四つの文字が並んでいた。永田は右から左へ読んでいく。
「萬世同薫。いつの世でも同じように薫る、という意味ですね」
「そうです。鑑真和上が日本へ来るきっかけになったと言われています『風月同天』という言葉、場所は違っても風月は天を同じくしているという言葉を踏まえての表現のように思われます」
「ところは違っても同じ思いを持つ人がいて、時は変わっても同じように薫る……」
「鑑真和上は何度もの困難に負けず、初心を変えることなく、中国から日本へやって来ました。そして、ここ奈良の唐招提寺を拠点に全国へ仏教や文化、その他のいろいろなことを広めました。その心の尊さがどの場所にも伝わり、いつの世にも影響を与えるのだと思います」
「森本孝順長老と趙樸初会長も、同じように世の中に影響を与え合い、輝き合ったのですね」
永田は感慨深げに言った。そして、王のことを思い、微力ながらも自分たちも協力し合って、さらに良い仕事をしていこうと心を新たにした。そのような永田の言葉を聴き、表情を観ていて、貴一はまたひとつ学んだように思った。
・・・後略・・・