第一章 西ノ京(一部抜粋)

・・・前略・・・

「お客さんはどちらから来られたのですか」

運転手の話し方は丁寧だった。

「東京からです」

「そうですか。奈良に観光に来ても、赤膚焼の窯元のところへ行く人は以前はあまりなかったのですが、最近少しずつ増えています。やはり陶芸ブームのせいですかね」

「そうかもしれませんね」

客と話が出来ることが嬉しいという感じで運転手は話しかけてくる。客が若い女性だからということより、一日黙って運転ばかりすることが耐えられないのだろう。運転手に返事をしながら、あずさはまわりの風景に目をやった。家並みの間に木々があり、視界の開けたところには田畑があって、田はすでに稲刈りが終わっていた。一本の若木のイチョウがすっくと天に伸びているのが前方に見える。光に輝く黄色い葉のイチョウは爽やかな風を受けて、葉を一枚も散らさず、多くの人が拍手をしているかのように葉の表裏を交互に見せていた。車は走っていき、今度は民家の庭に多くの実を付けた柿の木が見えた。大和路の秋を感じた。

窯元に着いた。料金を払ってタクシーを降りると、見応えのある情景が目に入ってきた。車が十数台とめられる空地があり、空地の向こうには大きく古い木造の二階建て家屋が横に長く伸びている。焼物の里特有の白い土埃を感じさせつつ、瓦屋根が二層になって美しく波打っていた。屋根の上には裏山の木々が茂っている。ガラス戸の入口の上には五葉松の枝が張り出していた。情緒のある建物だとしばし見惚れた。目を左に転じると作業場と思われる建物があり、手前が高床になっていて縁の下に薪が積んである。あずさは建て屋に近づいて行った。入口の柱には「自由にご覧下さい」と書いてある厚紙が下げてある。引き戸を開けて中へ入った。

「いらっしゃいませ」

五十前後の女性が親しげに声をかけた。

建て屋の中は土間で、正面は裏口が開いていた。そこだけが明るく、土間の左手は薄暗かった。室内がひんやりしていると思っているうちに目が慣れてきた。壁面にそって置いてある棚には白い釉薬(ゆうやく)がかかった皿や素焼の器が載せられている。主に製作途中の物が置いてあるという感じである。それらを見ながら土間の奥の方へ入っていった。型によって作られている皿で、デザインの面白い物があった。お寺の丸瓦をそのまま皿の模様にしていたのである。直径十センチほどの丸皿に大安寺とか西大寺とかの文字が焼かれていた。土間の突き当りまで棚の器を見ていって、戻りは土間に置かれた台の陶器を見た。台には菱形の葉を四枚組み合わせて、それ自体を菱の形にした皿があり、あずさの目を引いた。これも型作りと思われた。良い作品になるデザインだと思った。展示台の先の壁面には会計のカウンターがあって、先ほど声をかけてくれた女性が器を包装している。カウンターの左手にはあずさが入ってきた入口があり、その左にこちらの土間とは区画された部屋があって、そちらが本格的な展示コーナーになっていた。

・・・中略・・・

タクシーを降りて今日泊まる宿を見た。瀟洒な木造二階建てである。建て屋は植木に囲まれていて、木々の向こうにのどかな田園風景が広がっている。遠くには低い山々が見える。屋根のついた門があり、屋根の下に自然な形の木の額が掲げられていて、「幸せの宿・わだち」と書いてある。両側の庭の植え込みを見ながら敷石を踏んでいく。ほどなく玄関があった。いらっしゃいませと宿の人が迎えた。宿のロビーは大きくはないが、こげ茶色の柱と調度品を配して落ち着いた空間である。知人から良い旅館があると紹介されて来たのだが、これは予想以上に良いところを紹介されたとあずさは喜んだ。仲居さんに案内されて行った部屋は二階にあり、青い畳が気持ち良い。清潔で落ち着いた部屋である。窓の障子を開けると薬師寺の東塔と西塔、二つの塔が秋の夕空に見えた。西ノ京の風景にしばし見とれた後、お風呂に入った。

・・・後略・・・